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2013.11.26 04:53

更新しようとPCに向かうと必ず居眠りしてしまい、そうこうしてたらおばあちゃんが亡くなってしまいました。

最期まで看させて欲しいと言ったはずのグループホームを追い出され、老人病院に1ヶ月いて、介護付き老人ホームに移って1ヶ月。
このホームは看護師さんも常駐し、併設の病院が目の前にあり医者もすぐに来てくれるので、その点は安心だったのですが・・・

今月初め、食堂から部屋へ戻ろうとした車椅子上で嘔吐して、誤嚥したらしく熱が出ていましたが、回復傾向だと聞いてホッとしたその夜に亡くなりました。
6年もいたグループホームとそこへ新参入して来た訪問医に見捨てられ、あちこち移動するはめになったものの、もう一度食べられて笑ってくれて、精一杯やりつくして悔いはないと思っていたけど、死顔を見たら後悔はこみ上げました。

9月におばあちゃんの事で父や叔母と揉め断絶状態は続いていました。
もう関わるな、葬式にも呼ばないと言われてたので、一切見ない事にしようと思っていましたが、家族葬のみで通夜もしないとの事で、寂しいだろうと安置されてるセレモニーホールへ焼香に行きました。

w|;゚ロ゚|w ヌォオオオオ!!
とてもおしゃれな人だったのに、入れ歯もなく口を開けたままでまるでミイラ状態!
ホームでは死後処置だけでお化粧とかはしてくれないんですね。
どうやったら口が閉じるのか調べて挑戦する事に!!

葬儀前日の夕方に納棺して葬儀場に安置すると聞いたので、待ってもらい母とまー坊と出かけました。
ふすまを開けた時は3人で(||゚Д゚)ヒィィィ!(゚Д゚||)と言ってしまいました。
横から見たら、歯がない部分が落ち窪んで、ものすごい口を開けてるように見えたんです。

コットンを歯の高さまで盛り上げて詰めたら見違えるようになり、口もだいぶ閉じました。
乾いた肌を保湿して化粧し、髪を整えてスカーフで巻いて顎を押さえました。
ホールの人達もびっくりするぐらいきれいになって大成功~~(;≧∇≦) =3

その後、打ち合わせに来た父と顔を合わせてしまいましたが、謝罪し葬儀に出てくれと言って来たので、水に流す事にしました。
葬儀では、死後のひどい顔を見た父の兄弟達が、きれいになった顔を見て喜んでくれました。
小さい孫がいる伯母は、あの顔見たら怖くて泣くんじゃないかと心配していたそうで。

ただ、火葬場へ移送中に口が開いてしまうだろうとホールの人に言われたので、お別れの時にさりげなく口元をたくさんの花で隠しておきました。
大正4年生まれ、享年99歳!晩年は目も見えず耳も聞こえずだったので、ボケて逆に幸いだったのかもしれません。
おしゃれだったおばあちゃん、きれいになったから安心して天国に行ってねー!

ちなみに、老人病院に移ってから状態も安定していたので、特養に申込みしようと問い合わせたら、310人待ちだと言われました。
申し込みしておくと判定会議で状況によって順位が決まり、いきなり1位になる事も有り得ます。
ただ、たとえ割り込めても現在1位の人は今年2月から待っているとの事でした。

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| 介護 | |

2013.09.15 05:43

ホームでの食事介助も限界という事で、おばあちゃんは空きの出た老人病院へ移送されて行きました。。。
遠いのでちょくちょく行く事も出来なくなってしまいました。

私とまー坊が頑張った事はおばあちゃんにとって良かったのか?もしかしてみんなの言うように食べさせずにホームで逝くのが幸せだったのか?といろいろ考えてしまいますが、食べて美味しいと言って笑ったのも事実ですしね。。。

ホームの費用は月約15万+雑費でしたが、老人病院は差額ベッドの為30万かかります!
このままでは経済的に早く死んでくれないと困るぞ。。。と思われるのは必至です!
そんな厄介者にしたくありません!そして近くで見守ってあげたい!
近くの施設に移すべく頑張りたいと思います。

ただ、私は父と揉めて断絶しておりまして・・・今のところ二度と顔も見たくありません。
おやじとまー坊に説得してもらうべく策を練っています。

s-DSCF9896.jpg
ホームでミキサー食を作ってくれて、モリモリ食べて毎回完食です。
試験期間だったのにまー坊も毎日良く頑張りました。

s-DSCF9898_201309150403176ab.jpg
味わっています。
この顔は美味しくないらしい(笑)

s-DSCF9907.jpg
床屋をしました。
まー坊がラップの芯を使って声をかけています。
補聴器よりもこっちの方が断然役立ちました(笑)

s-DSCF9902.jpg
肺炎予防の為、覚醒の為、食事の前にはいろんな事します。

s-DSCF9904.jpg
そのひとつが口腔ケア、この顔。。。(笑)
歯がないので、楽と言えば楽です。
しかし、なぜ歯がないんだろう。。。今となっては謎です(^▽^;)

この日が食事介助最後だったので、アイスクリームとコーヒー牛乳ゼリーを持って行って食べさせました。
美味しいと言って満足そうに眠りました。
病院では何食べてるのかなー?

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2013.09.01 04:34

8/13から点滴、絶飲食になったおばあちゃん。
肺炎症状なくなっても、食べればまた繰り返すのでこのまま点滴の方が本人が楽だと医者に食事の再開に反対されました。
すでに看取りの時期であると。
本人、口内ケアすると食べ物かと思って食いつくんですよね。。。食べられるかもしれないのに食べさせずに死なせるなんて納得出来ない(>_<)

食べさせるなら同意書を書けと・・・「嚥下障害で回復不可能、食事をすれば死亡する可能性が高い。家族の責任において食べさせます」という内容でした。

絶食12日、訪問看護時にはちみつをスプーンで舐めさせてもらいました。
翌日は介護用ゼリーを少し食べさせ、看護師も「素晴らしい!ちゃんと飲み込めているので大丈夫」と言ったのですが。。。
その翌日は張り切ってプリンを持って行くと、別の看護師がすでに来ていて「飲食によって痰が増えたので禁止」と言われてガーン!!訪問看護時に立ち会う事になってたのに呼んでくれず何か怪しいのですが。。。

日に日に弱って行くので、状況話して受け入れてくれる病院探しまくりましたが、どこの老人病院も満床!もう詰みました!
耳鼻科で往診に来てくれてた診療所に電話してみたらやっぱり10人待ち。。。でも状況からするともう時間がないと言うことで、3日ほど緊急で入れて嚥下判定してくれる事になったんです。

s-DSCF9871.jpg
民間の救急車で運びました。
料金は7770円でした。

s-DSCF9869.jpg
搬送すべてしてくれます。
病院に到着後、すぐレントゲンで肺炎が治っている事を確認。
ただ、すでに栄養状態が悪くて今日明日にも死ぬかもしれないと言われました。
飲食止めて20日ほど経っています。

s-DSCF9872.jpg
ベッドが空いてないので、廊下で早速食事テスト。
どんどん食べてみんなびっくり。
その後、気管内に入っていないか吸引し、耳鼻科でスコープの嚥下検査、先生が「何が食べたい?」と聞くと「何でも頂きます」と答えたそうです。
それから言語聴覚士による水飲み検査、すべて問題なく夕食は完食しました。

s-DSCF9878.jpg
翌日はホームの職員を呼んでくれて食事レクチャー。
食欲旺盛です!なんと目を開けてる~~!!

s-DSCF9879.jpg
しかも笑っています!!感動です!

問題はホームに帰ってからです。。。
職員さんがどこまでやってくれるのか?
それにもう食べる事は不可能、看取りだと言ってる主治医との今後の関係、頭が痛いです。

ホームの契約がらみで医者を選ぶ事は出来ないのが現状です。
まだまだ前途多難です。

※追記
ホームに呼ばれ、戻って来ても食べさせられないと言われてしまいました!
職員さん達が何かあったら怖いから嫌だと言ってるそうで。。。
明日戻るのに今更そんな~~(>_<)
さて、どうするかな。。。ε-(ーдー)ハァ

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2013.08.24 05:10

ホームにいる98歳のおばあちゃん、目も見えず耳も聞こえない上に、もう自分で動く事も出来ず。。。楽しみは食べる事だけなのに、飲み込もうとするとゼロゼロするという事で往診が来ました。

誤嚥性肺炎という事で13日から飲食禁止になってしまいました。
今の状態だと飲み込めず窒息するかも。。。と言われては仕方ありません(>_<)

ホームでは良く面倒見てくれて、朝は着替えをさせ、朝昼夕おやつのたびに車椅子で食堂へ連れて行き、食事も自分でさせていました。
目が見えないので、スプーンで自分でかきこんでいたそうで、それが仇となったようです。

認知症のグループホームですが、ここでも国の政策を受けて看取りを始めました。
我が家でも父が看取り同意書を書き、24時間訪問診療所と契約をしたばかりです。
単純に、病院ではなくホームで最期まで看てくれる、という認識でした。

肺炎の治療で抗生剤と利尿剤の点滴で1週間様子を見る事になりましたが、もう誰も食事が出来るようになるとはまったく考えていなくて、看取りの段取りを説明され、葬儀屋を紹介され、介護職員も医者も看護師も親戚達も、死を待つのみって雰囲気になっています。

最初に「あれ?」と思ったのは、脈拍が安定しなくて息が苦しそうで危ないかも?と夜中に電話があった時。
普段心臓の薬を飲んでいたけど、心臓の薬を点滴に入れられないんですか?」と聞いたのです。
「それは延命治療になってしまう。看取りの同意書を書いているので治療は出来ない、延命するなら入院するしかない。」と言われたんです。

(゚ロ゚;)エェッ!?看取りってそういう意味なの!?
肺炎だって治療じゃないの??と言うやり取りがあったのですが・・・実はその辺はまだ明確な線引きはないみたいです。
看取りとは、延命治療で高齢者の医療費がかさむという事で、国が打ち出した政策の事でした。。。
私は手段がなくなってその時が来たら、病院で管に繋がれて水も飲めないより、苦しくないようにケアしながらホームで看取ってくれるなんてありがたいと単純に思っていましたが。

1週間後、肺炎は治ってしまいました。
なのに、先生も看護師もホーム側も、嚥下機能が低下しているので食べれば窒息するかも?誤嚥で肺炎を再発し苦しむかも?と食事再開には反対し、このまま点滴でと言われました。
経験から、あの状態の人が食べられるようにはならないと。。。

点滴だけでは余命1ヶ月程度。
中心静脈栄養(静脈にカテーテルを入れて栄養を入れる)または胃ろうをすれば延命は出来るが、心臓も悪いし無理だろう、希望するなら病院を紹介すると言われましたが、やってくれと言うのは論外という雰囲気漂っています。

同じ死ぬなら食べられる事に賭けたいんですよね。
「ご飯食べる?」と耳元で叫ぶと「食べるぅ~」と答えるんですよ。

1日も早く経口摂取を再開しないと体力も限界だし、嚥下機能もどんどんなくなると焦りますが、24日に看護師と相談する段取りをしたとの事。。。それまで何も出来ないのが現状でした。
食事再開に向けて毎日通い、口の中をきれいにしたり(汚いと唾液誤嚥から肺炎になりやすい)、口内やのどをマッサージして空嚥下させたりして準備をしています。
周りから「もう98歳なのに?」と思われているのはひしひしと感じます。

自分で何も出来ければ自然死が本来の死に方なのかもしれませんね。
本当に難しいです。。。親は?自分は?どう死ねるのか?毎日考えさせられています。

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2013.02.09 02:18

昨年の11月、病院内の老健にいるおばあちゃんに会いに長野へ行きました。
5月に肺炎で入院して、いったんは回復して老健にいたんです。
早くおばあちゃんに会いたいのに。。。車だったので、島から来ていた親戚一家の買い物のアッシーを頼まれてしまいました(>_<)
島には店がないので、来ると有り得ないほど大量に買い物するのです。
特にしまむらがものすごい魅力らしくて、待たされる事数時間。。。これが後悔の始まりでした。

ようやくアッシーを終えて老健へ行くと、おばあちゃんのベットがもぬけの殻!!
嘔吐の跡があって、たった今救急に運ばれたって!?
来る時にすれ違ったストレッチャーがなんとおばあちゃんだったのです。

レントゲンでは肺が真っ白で、肺炎の再発という事で病棟へ移されました。
点滴を抜かないように手を縛られて、興奮するからと会わせてもらえませんでした。
アッシーなんて引き受けずに老健に直行すれば良かったと、悔やみきれませんでした(>_<)

落ち着いたら会いに行こうと思っていたのに、何で早く行かなかったんだろう。。。
状態が良くないとの事で、1/27に行って来ました。
あまりの衰弱にびっくり。。。酸素マスクで、声を出そうとしても出ないみたいでした。
話せるうちは、のどが渇いて水を欲しがって「川に飛び込みたい」とか「死んだほうがましだ」とか言っていたそうです。

意識ははっきりしてて、「どこか痛い?苦しい?」と聞くと首を振ったり、「早く元気になってよ!」と言うとうなずいたりしました。
「まー坊は○大に受かったよ」と言うと、目を見開いて何か言いたげにうなずいて、まー坊の手を握ってくれました。
おしゃべりが大好きだったおばあちゃん、話せるうちになぜ来なかったとまた悔やみ、来週また来ようと後ろ髪引かれながら帰りました。

もう一度回復して欲しい!!もう一度大好きだったクリームソーダを飲ませてあげたい!!もう一度おしゃべりが聞きたい!!と祈っていたけど、私達が帰った翌朝に亡くなってしまいました。。。

去年の5月に、週に2回通ってた老健での体温測定でたまたま微熱があったんですよね。
すぐ診察に回されて、入院させられてしまいました。

肺炎という事だったけど、本人はまったく元気で自覚症状は何もなく「何ともないんだもの」と、点滴や酸素に抵抗してました。
何ともないのに絶飲食で、大好きな本も取り上げられて、「味噌をぬったおにぎりが食べたい!水が飲みたい!本が読みたい!」と訴えて、本当にかわいそうで。。。

改善傾向だったのに11月の再発。
驚いた事に、その2日前にはインフルエンザの予防接種をしたそうです。

8ヶ月も「食べたい、飲みたい、本が読みたい、家に帰りたい」と言いながら、亡くなったわけですが。。。
微熱以外の症状もなく元気だったものを、入院させて絶飲食させて、ベットに縛り付けて点滴して、インフルエンザまで接種する必要あったんでしょうかねー?

98歳なのに、水が欲しくて川に飛び込みたいと言うほどつらい思いさせる延命(私は逆に入院で弱ってしまったと思っていますが)には本当に疑問を感じました。
いよいよ悪くなるまで、家で好きな事して過ごさせてあげて欲しかったな。。。跡継いで面倒みてた叔母がいるので口出し出来なかったけど、みんなそう思ってたでしょうね。

今月で99歳だったのに。。。
葬式では、お坊さんが「享年~~100歳~~」と言ってました。
年齢的には大往生ですけどね。。。誰が聞いても充分だと思うでしょうけど、私はどうにもやりきれない思いでいます。
入院なんてさせなければ、ぴんぴんコロリだったはずで・・・最後に苦しい思いをさせた事がほんとに残念でたまりません。

s-DSCF5704.jpg
まー坊も大好きだったおばあちゃん。。。
受験もずっと応援してくれてたから、念願かなった事を報告出来た事だけは良かったと思うしかありません。

亡くなって10日になりますが、まだまだ生前のおばあちゃんを思い出してばかりいます。
常にしゃべっていて、その話が面白くて、私とまー坊はいつも腹を抱えて笑っていました。
あの話のオチは何だっけ?ビデオ撮れば良かったねと、これまた後悔。。。

留守中、ななゆきはかかりつけの病院で預かってもらいました。
幸い超大型犬用のケージが空いてて、2匹一緒に愛用してるベットも入るとの事で、安心して預けて行く事が出来ました。
高齢でワクチンもしていないので、こういう時にお願い出来る所は確保しておかないといけませんね。

長野からの帰りの上信越道で、気圧の変化で左耳が詰まったまま良く聞こえなくなりました。
山を抜けても、耳抜きしたりしても戻らず、家に戻っても聞こえがおかしくて焦りました。
翌日はまだちょっとおかしいながらも聞こえは戻ったみたい。
ちょうど病院の日で、オージオしたらいつもと同じでした(〃´o`)=3
山道はもう怖いです(>_<)

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