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2016.08.14 05:12

ななは6月18日朝4時15分ごろ、ついに力尽き天国へ行ってしまいました。
もう2ヶ月になりますが、折に触れななの可愛い姿を思い出して泣いてばかりで一向に立ち直れずにいます。

2013年9月に突然発症した脳疾患、当初脳炎余命2~6ヶ月と言われてから3年近く頑張りました。
最後の1年は痙攣を繰り返し、その度に弱って寝たきりになってしまいましたが、本当に頑張ってくれました。
痙攣に備え、24時間私とまー坊と母でつききりで目を離さずに介護して来ました。
最後の3週間ほどは、私とまー坊で2交代だったので心身ともにきつかったけど私達も精一杯頑張った・・・つもりでしたが後悔は尽きません。

5月に引っ越して、幸い近所にいい病院が見つかり親身になってもらいました。
初めて行った時、ななの神経症状がひどく正直1週間もたないと思ったそうですが、1ヶ月頑張ってくれました。
このような子は最期は重責発作で亡くなる事が多いと言われていたので、痙攣のたびについにその時が来たのかと、「この座薬を入れたら二度と目覚めないかもしれない」と泣きながら少しずつ座薬を入れました。
ななはそれも何度も乗り越えて頑張ってくれました。

最期の数日、いよいよ強制給餌も飲み込まずそのまま垂れ流してしまい、水さえも体が受け付けないようでした。
てんかんの薬も飲めていない上にチックが治まらなくなり、新しいかかりつけが休みだったので他の病院へ行ったのですが、「何をしても心停止する恐れがある、ここまで大事に頑張った子をここで死なせては申し訳ないので輸液ぐらいしか出来ない」と言われました。

翌朝には吐き気もあり、朝一でかかりつけへ行き、輸液、吐き気止めやステロイド、出来る限りの対処をしてもらいました。
体温は35℃切るほど下がっていて、生食パックの湯たんぽを用意してくれました。
それが体温を下げ楽に死へ向かうのを妨げるかもしれないとの事でしたが、ステロイドの効果でまた奇跡が起きるかもしれないとわずかな希望を私は捨てていませんでした。
まー坊に任せて、私は食べてくれるものを探しに買い物に出かけてしまいました。
出かけたついでに用事も済ませようと、電話で様子を聞きながら2時間も留守にしてしまいました。

やっぱり何も口に入れてくれませんでした。
その夜、もう残された時間は少ないとわかっていたのに、私は居眠りをしてしまいました。
まー坊の「えっ?なな?なな?」と呼ぶ声に気が付くと、まー坊はななを抱きかかえて呼びながら心臓マッサージを始めました。
私はもういい、もうダメだよと言ったと思います。。。ついに恐れていたその時が来たと、パニックで記憶があいまいなのですが。

まー坊はこの1年は、自分が居る時にはいつも膝に抱いていたのですが、チックが止まらないので抱っこよりベットに横になる方が楽かもしれないと降ろしたのだそうです。
ふと見たらななの目から光が消えていくところだったそうです。
常に膝に抱いていたのになぜ降ろしてしまったのかと消沈していました。
それだけ穏やかで眠るように、私達が願っていた最期の迎え方ではありました。
ななを失う事、それは私にとって最大の恐怖でした。
ななが元気な時から常に脅えていた、ついにその時が来てしまったと、悲しみと絶望で息が出来なくなりました。

悲しみは癒えるどころか日ごとに募り、後悔も尽きなくて、なぜ一緒にいられる時間があとわずかだったのに2時間も留守にしてしまったのか。。。もっと食べてくれる時に美味しい物をあげれば良かった。。。なぜもうダメだとわかっていたのに居眠りしてしまったんだろう。。。もっともっとしてあげられる事があったはずだと胸が潰れる思いで過ごしていました。

17歳10ヶ月、若い時は3.3~3.5kgあったのに、最期は1.4kgにまで痛々しく痩せていました。
私の一番つらい時に、寝込んでいる私の背中にいつもぴったりと寄り添ってくれてたなな。
なながいてくれたから生きてこれたよ。
愛しくて愛しくて愛しくて。。。ちょうど病気がつらい時期だったけど、なながいてくれた17年8ヶ月が人生で一番幸せだったよ。
いつもソファに乗って、窓からママの帰りを待ってのぞいていたなな。
ソファに乗れなくなって、窓がのぞけなくなってしまったから、なな用の窓がある家を建てたかったんだよ。
家が建ったけど、ななの為の窓から一度ものぞく事は出来なかった。。。
でも一緒に引っ越すまで本当に頑張ってくれたね。
ママが行くまで待っててね、なながいないこれからの人生をどうやって生きればいいのか今は途方に暮れてるけど・・・必ず必ず会えると信じて頑張って生きるよ。
ななと出会えて本当に幸せだった、永遠に愛してる。。。本当にありがとう。
お骨はママが死んだら一緒にしてお墓に入れてもらうの。。。それまで側に置かせてね。

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1998年10月
運命の出会い、ななが我が家にやって来ました。

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1998年10月

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2009年11月 

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2010年3月 

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2010年12月

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2010年12月
頚椎や腰椎の椎間板ヘルニアで苦しみました。

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2011年8月
抱っこが大好きでした

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2011年8月
13歳の誕生日

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2013年9月 15歳1ヶ月
この直後に脳の病気を発症して、昏睡になりました。

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2013年10月
奇跡の復活

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2013年10月
ゆきと張り合ってご飯に釘付けなほど、こんなに元気になりました。
大量のステロイドを飲んでいた頃。

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2015年3月 16歳7ヶ月

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2016年5月
予定より5ヶ月遅れてやっと引っ越し。
間に合って良かった。。。
ベランダに出て撮りました。

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2016年6月17日
亡くなる前日

ご心配頂きながらご報告遅くなって申し訳ありません。
長い間ななを可愛がって頂きましてありがとうございました。
何かあるごとに、多くの方々の応援に支えられて来ました。
本当に感謝でいっぱいです、ありがとうございました。
この記事を書くのに、何度も書きかけては耐えられず閉じるを繰り返していましたが、これで私の気持ちも一区切り出来るような気がします。
ななにかかりきりで、気がつけばゆきもすっかり年を取りました。
これからはななの分までゆきに愛情を注いであげたいと思います。

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